海外のろう者へのインタビュー

(11)タイ

2021年12月26日、全国手話研修センターにてカォクンさん(タイ)に2回目のインタビューをした内容を紹介します。
 
※本インタビューは、話者の主観で語られている部分があり、実情と異なる場合があります。予めご了承ください。

カォクンさんへのインタビュー

タイの地図と国旗
研究員①:それでは始めます。改めて本日よろしくお願いいたします。こちらのリストの順番で質問させていただきたいと思います。まず自己紹介をお願いします。
 
カォクン:私はカォクンと申します。あだ名はルーといいます。このルーというのは、タイの場合、本名より、実際あだ名というのを皆さん持っているんです。ろう者の場合はサインネーム、手話の名前というのがありまして、私の場合はこういう表現(親指・人差し指・中指を立てて、人差し指と中指を2回ほど頰につける)をします。 
 
サインネーム
カォクン:ただこれは私が決めるのではなく、周りが私の顔の特徴であったり、そういったものを見て名前を決めてもらうという形になっています。指文字であったり、タイのアルファベットであったり、そういったところを含めて、こういった手形になっています。また目や眉の形といったところも、ニックネームに影響します。
 
研究員①:わかりました。続いて、出身地や生い立ちなどを教えてください。
カォクン:出身はバンコクです。手話ではこのように(左手のひらの付け根付近に、すぼめた右手を2回ほど当てる)表します 。
バンコク
腕全体でタイを表していて、ちょうどそのバンコクが手のひらの下のところに位置します。
 
3歳頃から聞こえなくなり、検査をした結果両耳が聞こえず難聴ということで、補聴器を3歳から装用しました。ただ、ろう学校に通った経験はありません。実際少し聞こえるということと、コミュニケーションの訓練をする場というのを考えたときに、聞こえる人が通う学校に通った方がいいということで、ろう学校には通いませんでした。平日は聞こえる人たちと一緒に学校に行って、土曜日は訓練を受けていました。口話の訓練や、聴音の訓練を受けていました。聞こえない子どもが補聴器をすることは多いのですが、口話の訓練をすることもあります。たまに土日はそういったところに行かず、ピアノやスポーツ、そういったことにも時間をあてていました。聞こえる人と一緒に学んで、その後大学まで行きました。
 
25歳の時に手話を学び始めました。そのきっかけというのが、フェイスブックで難聴やろうの人が集まるページがあったんです。色々な情報がほしいなと思っていたときに、そのページのメンバーからバンコクのきこえない人たちのグループの理事にならないかと言われました。実際にまだまだ手話が私自身できなかったので、最初はなんとなくボランティア気分で行こうと思っていました。そこで手話を獲得し始めました。最初はグループでしたが、やがてバンコクのろう協会になりました。私もそのまま理事を続けました。役員として3年が終わったとき、バンコクろう協会の会長がタイのろう協会の会長になられ、私もタイろう協会の事務局長を4年間務めました。
 
ルールがあり、協会の中では会長を担えるのは2期までです。3期はできません。2期目になる時に選挙をするのですけれども、私がまた理事として関わることになりました。去年選挙があり、私の方が当選したのですが、事務局長は難しいということでお断りをしました。なぜかというと日本に留学中であるということもあって、事務局長にならなくてもいいですと言ったのですが、理事として務めてほしいという要望もあり、色々事務局長として資料の提出であったり、そういった重要な役割というのは担えないということで、今は2期目なのですが、副理事長を務めています。
 
研究員①:なるほど。次に、今は何を学ばれているのでしょうか?
 
カォクン:早稲田大学で国際開発の勉強をしています。アジア太平洋研究科で学んでいます。SDGsや日本のJICAでいわゆる開発手法や、人権に関する、障害者の権利に関する内容を学んでいます。
 
研究員①:手話の言語は専門ではないのですか?
 
カォクン:手話言語法というのもテーマで考えてはいます。いずれにせよ指導教員と相談する必要があります。
 
研究員①:授業の時は、手話通訳は来られるのですか?
 
カォクン:いつもパソコン通訳を依頼しています。2、3人いつもついてくれます。皆さん英語で通訳をしてくれます。たまにセミナーであったり、少し技術的に高い能力が必要な場合は、大学の障がい学生支援室のコーディネーターにも協力いただいて、より正確な情報を得られるようにしています。学外に行くときは通訳を依頼することができるので、例えば英語を聞いて日本手話に訳す 方であったり、そういう方に通訳をお願いしています。そういったところは3回ぐらい行っています。
 
研究員②:それは大学が費用を負担しているのですか?
 
カォクン:大学が負担してくれています。
 
研究員②:依頼は個人でされて、謝金等は大学が払ってくれるのでしょうか?
 
カォクン:大学が全て負担してくれます。日時や場所、内容、こういったことを大学に伝えたら大学の方で通訳者を探してくれます。進捗等の報告もしていただけます。たまに難しい、見つかりにくい時もあるのですが、無事見つかるということは、その支援室の能力も高いということだと思います。
 
研究員①:次に、タイと日本の間に違いを感じることがありますか?
 
カォクン:やはり文化の違いであったり、環境の違いというのはあります。例えば交通の面でも、日本はやはり時間通りに電車等が来ます。タイの場合は時刻表というのは存在しません。なので、自分が予想していた時間よりも時間がかかることがあるのですが、日本は予定通りに進むことが多くて安心しています。あまり自分の性格的に遅刻をしたくないんです。例えば家から友達に会う場所、大学まで2時間ぐらいと思うと、2時間プラス色々な準備等々も考えて、いつもスケジュールを立てています。バスの場合は、時間通りに来ないこともあるので、少し早めの行動を心がけています。
 
研究員①:大事な会議、例えば国際会議などはどうですか? 例えば、2022年4月に世界ろう連盟の中間会議がタイで開かれますよね。プログラム等もきちっと時間通りに進められるのですか。
 
カォクン:はい。きちんと進めるようにします。タイの場合は皆さん心が優しいので、ちょっとくらい遅れても普通に待ってくれるんです。日本の場合はやはり時間を守るということが大事で、相手の時間をもらっているという考え方が強いので、例えば講演をする時もきちんと準備をした上でするっていうことが必要です。タイではそういうのがありません。スタッフに任せます。約束の時間に遅れても、大丈夫大丈夫と言ってくれることがあります。
 
研究員①:日本とタイを比べたときにどちらの方があなたには合いますか?
 
カォクン:どちらでもいいかなと思います。日本のいいところでいうと時間に無駄がないというところもありますし、計画通りに物事が進められるというのはあります。タイの場合は、時間を多く見積もって行動する必要があります。
 
研究員②:タイの大学を卒業されていますよね。今日本の大学で学ばれていると思うのですが、大学の違いというのはいかがでしょうか?
 
カォクン:本当に違いを感じます。例えば、タイの場合1コマが3時間あります。日本の場合1コマだいたい1時間半です。

研究員②:タイの大学では休憩はないのですか?
 
カォクン:休憩はあります。ただ、どのタイミングで休憩するかは先生が決めます。途中トイレ行きたくなったら先生に「トイレ行きます」みたいな感じで言ってもいいです。大講義の場合、途中で何も言わずにトイレ位に行く生徒がいます。先生はわかっています。
サークルは夜に活動することが多いです。
日本の場合、だいたい季節にあわせて、いわゆるセメスターごとに分けられていて、履修登録が必要なのですが、1学期目がだいたい春夏、その次の学期が秋冬というふうに分かれるのですが、タイの場合、春が終わって一度そこで学期が切れます。クオーター制の大学に通っています。
 
研究員①:4学期制ですか。
 
カォクン:1セメスター、1クオーター、1セメスター、2クオーターみたいな形で分かれるので、学期の区切りというのが細かく分かれています。ただ、例えば春だけで終わる科目もあります。
タイの場合は、学部は2セメスター制という形になっています。今はPh.D.ですので、あまり学期というのは縛りはそんなにないのですけれども。文部科学省から奨学金をもらっていて、奨学金をもらうために学ぶためのルールみたいなのがあります。
 
研究員②:今はドクターなのですよね?ダスキンの研修が終わって早稲田に戻って、ドクターの1年生から入ったということですか。研究テーマは自分で決められましたか?
 
カォクン:はい、1年から入りました。自分の希望するテーマというのもあるのですが、政府から言われているものもあり、プログラムに合わせて提出をする必要がありました。もしJICAからの奨学金であれば、テーマは自由です。
 
研究員①:例えば大学が9時に始まったときに、タイの場合はどうでしょう? 皆さん9時には集まっていますか?
 
カォクン:先生によるとは思いますが、たまに入れなくする先生もいらっしゃるので、わりと時間は守っている学生は多いかなと思います。
 
研究員①:大学だと時間を守ることは当たり前だとして、街で友達と会うとかだとそんなに時間に厳しくないのですか?
 
カォクン:相手によります。会社相手だと時間を厳守しますが、友達だとゆるいです。それから、日本の場合だと学生服ってありませんよね、大学の制服。タイの場合、ほとんどの大学に制服があるんです。タイの大学に通学するときはいつも制服を着ています。
 
研究員②:どっちの方がいいですか?
 
カォクン:どちらもいい面はあるかなと思います。制服の時は何も考えなくていいので楽でした。
 
研究員①:制服には、何か校章みたいなものはついていますか?
 
カォクン:ついています。大学のロゴがついているので、見ればどこの大学かというのは分かります。修士と博士はそういった制服はなく、学部生だけが制服を着用する形になっています。大学の文化ですね。
 
研究員②:タイの中にも私立大学はありますよね? 私立の場合は、例えば服が自由というのはあるのですか?
 
カォクン:私の大学の場合は制服がありましたが、そういったものがない大学もあります。ほとんどの大学はそういった制服が準備されています。
 
研究員②:タイの教育制度って、どういったものですか?
 
カォクン:例えば医者になる場合は6年間大学に通う必要があります。私は政策系だったので4年間大学に通いました。医師や歯科医師なんかは6年間必要です。
 
研究員①:大学の前の教育課程はどうでしょうか? 日本の小学校の場合、小学校6年間、中学校が3年間、高校が3年間、大学が4年または6年という形になりますが、タイはどうですか?
 
カォクン:タイは小学校が6年、中学校が3年、高校も3年なので、日本と同じです。
 
研究員②:幼児教育はどうですか?
 
カォクン:幼児教育は割と自由な面があります。必ず全員行くというわけではありません。小学校に入る時に学校によっては試験があります。私も試験を受けたことがあり、入る時にはやはり試験を受けました。ろう学校の試験は、もしかしたらないかもしれませんが、聞こえる人たちが通う学校に通っていたので、試験は受けました。例えば地元のような小規模の小学校、近所にあるようなところであれば、もしかすると試験がないかもしれません。中学校高校の一貫校だったので、小学校を卒業した後にその中学校に入りました。
 
研究員①:わかりました。次、タイの手話について質問させてください。タイの手話教室、タイ各地で手話の講習会みたいなのは開かれているのでしょうか?
 
カォクン:大学の手話通訳養成課程というのもありますし、個人で講習会を開いているところもあります。
 
研究員①:例えばそういう講習会を開くときに、国や自治体から何らか援助はあるのでしょうか?
 
カォクン:援助が必要な時は申請が必要です。色々プログラムなりカリキュラムを作ってお金を得る必要があります。私も協会にいた時にそういう仕事もしていたのですが、会長の考え方によって助成金の得方みたいなのは色々変わってくると思います。
 
研究員①:日本の場合は、毎年各地で手話教室が開かれていて、それに対して国から委託費みたいなのが出るのですが、タイはどうですか?
 
カォクン:毎年というのはないですね。タイの場合は手話通訳養成課程なので、大学の方はちょっと別になるのですが、地域の中では国がそこまで厳しく縛っているわけではないので、ある程度自由な裁量に任されているところはあります。
 
研究員①:協会などが全国的に統一しようといった動きはないですか?
 
カォクン:そういったものはありません。誰が進めるかというところを考える必要があります。
 
研究員②:大学の手話通訳養成というのは手話に関する知識がない人でも入学することはできるのでしょうか?
 
カォクン:はい、入学できます。基礎から学び始め、1年2年3年と積み重ねていきます。
 
研究員②:卒業後は通訳者として活躍ができるということですか?
 
カォクン:はい。ただ、試験は当然必要になります。
 
研究員②:その手話通訳養成で教えるのはどなたですか? ろう者も教えているのでしょうか?
 
カォクン:ろうと聴がペアになって教えています。
 
研究員②:大学で教えられるぐらいの技量を持った方っていうのはいらっしゃるんですか?
 
カォクン:大学にろう学生も聞こえる学生もいるので、そういったところでコミュニケーションスキルを養っていくのと、教える先生というのもろう者で手話で教えるということが多いです。
 
研究員①:タイで手話通訳者として活動するためには大学の卒業が必要なのでしょうか?
 
カォクン:そうではないです。タイは以前から、ろう者が通訳を求めていても、通訳経験というのがある方をとりあえず集めて登録をしてきたということがあります。そこで通訳として活動してもらうわけなのですが、例えばその方の学歴を見ると、中卒でも手話通訳がものすごくうまい方もいらっしゃるんです。ろう者が通訳者の技量というのを評価して、協会の方で通訳として認定をするということがあります。ただ、3年前から困った通訳、下手な通訳も、少しずつ増えてきてしまって、手話が伝わらないということもあり、試験をするようになりました。
 
研究員②:タイの大学で手話通訳の養成機関の数というのはどれくらいあるのでしょうか?
 
カォクン:一つだけです。通訳の技術を磨くために1年だけ学ぶコースというのも実はあります。4年間学んだ後、また戻ってきて1年間だけ学ぶということもあります。新しいコースです。今年始まったと思います。その地域で学習会の場もあるので、そこのあたりは自由に学んでいるということです。
 
研究員①:協会では指導しないのですか?
 
カォクン:まだありません。時間と人が限られているので。個人的に指導しているところはあるようです。
 
研究員①:例えば個人で指導するとき、教える人の技量によっては、順調に習得できる学習者とそうでない人に分かれるのでは?
 
カォクン:コミュニケーションのためにきちんと通訳のレベルを上げる必要はあります。ただ、今そういった状況にはなかなかならないかなと思います。
 
研究員①:手話通訳を教える場というのは、今後作られる予定はありますか?
 
カォクン:必要だと思います。
 
研究員①:通訳養成の立ち上げに関して、一番の困難点というのは何でしょうか?
 
カォクン:ろうあ協会でも、実は聴通訳とろう通訳という二つの考え方があるのですが、協会はろう通訳の養成に集中しています。聴の通訳協会というのもあるのですが、養成をしているかはわかりません。ろう学校でボランティアで手話を教えていたり、自分で手話の学習会を開いているところもあるのですが、正式に養成しているところはないかもしれません。大学でBA(学士)を取った後、1年間教えるクラスがあったりもするのですが…。
今はきこえる通訳者養成のための組織づくりを進めています。
ろう通訳の場合は、そういった通訳を学ぶ場というのがまだ少ないんです。ろう通訳サークルというのを去年立ち上げたのですが、理事が誰かいないかといったところで、私が一応役職を持つことになったのですが、今後協会を変えていくきっかけになればと思っています。少しずつそういった取り組みも進めています。ろう者が通訳することについて必要な情報は何かというところ、試験のことであったり、ろう通訳の試験というのは今ないのですけれども、通訳の資格自体を持っているので、来年から、この資格というのが3年間という期限になるので、そこがちょうど切れるタイミングになるので、今後どういう対応をしていこうかというのは悩んでいます。
 
研究員②:日本の場合、手話通訳の謝金、給与というのはすごく安く、なかなか教育機関を卒業した後でも十分に生活していくことが難しいのですが、タイの場合はどうですか?
 
カォクン:例えば裁判所の場合、1時間300バーツというふうに決まっているんです。国が決めています。
 
研究員①:いま1バーツ、日本円でいうといくらくらいでしょうか?
カォクン:日本円がバーツの3倍という形になるので、例えば100バーツの場合300円です。
 
研究員①:1時間300バーツということは日本円では1時間900円ということですね。
 
カォクン:そうです。だいたい1時間1000円くらいです。他にも会議なんかの場合は600バーツ。他はほとんど300バーツばかりです。何か大会みたいなものも600バーツとなっています。今はもう300か600かの違いだけです。裁判は300バーツです。病院とかも300バーツです。仕事のインタビュー、面接なんかも300バーツ。公的なコミュニケーション支援というのも300バーツです。
 
研究員①:普通は裁判所や病院の通訳の方が高いものだと思うのですが、その辺りはどうなのでしょうか?
 
カォクン:通訳が2人派遣ではなくて、300バーツの場合は1人派遣で行くことが多いんです。会議なんかは2人派遣が多いので、そういったルールに今なっています。今、申請の条件などを変えているところなのですが、その2種類だけではなく、もっと例えば病院の通訳であれば600バーツ要るんじゃないかとか、資格をもし有しているのであればもう少し賃金の上増しをしたり、技術や経験がまだまだなのであればその賃金を下げるといったところも色々議論をしています。
 
研究員①:わかりました。今、タイの手話にASL、アメリカ手話の影響があると聞いたのですけど。タイのろう者にお会いすると、アメリカ手話を表されることが多いのですが、それはなぜなのでしょうか?
 
カォクン:以前に、聴者が国からの助成金でギャローデット大学で学んできて、帰国後にタイ国内でアメリカ手話を使うことで広まりました。
ろう学校でどういった先生が教えているかによって影響は変わってきます。今は半分ぐらいがアメリカ手話っぽい手話をされている方がいます。
 
研究員②:例えば家族の表現もアメリカ手話ですか?
 
カォクン:そこはアメリカ手話ではありません。調査する必要があるかもしれないです。例えば「大丈夫」と言う場合、私もアメリカ手話と同じような手話を使うことはあります。
ろうの子どもが学校で学ぶ時に先生の手話を見て、これがアメリカ手話かっていう判断はつかないです。聞こえる先生が発案したのは、指文字を元にしたアメリカ手話、例えば英語のアルファベットを元にした手話っていうのがあります。例えば、声と同じ、カって声があった時にも色々抑揚なんかがあったりするのですが、この指文字と数字をつける、書き方がちょっと違うんですけれど、日本の場合、「あいうえお」「かきくけこ」というふうにあるのですが、タイの場合は数字もつけて、数字で声の抑揚を表しています。声調です。
これは実はアメリカの影響、ルールです。教育省がこういう書き方をしましょうっていうのを、タイの指文字の書き方を決めたので、こういう表現をしましょうって決まっています。
 
研究員①:アメリカ手話の影響が少なからずあるということなのですが、タイの手話っていうのも徐々に変わっていますか?
 
カォクン:変わっているところもあれば、残っている部分もあります。時々アメリカ手話を使うこともあります。若い人なんかがアメリカ手話を見ると、かっこいいと感じるようです。若い人と話している時に、急にアメリカ手話がポンと出てくるのを見ると、影響は受けているようです。
 
研究員①:タイのろう者は、アメリカ手話をどのように捉えているのですか?
 
カォクン:あまり考えていない人もいれば、必要と思っている人もいます。
 
研究員①:それぞれの割合はどのくらいでしょうか?
 
カォクン:若い人はアメリカ手話が混ざっていますね。また、学校にもよるかなと思います。タイ手話だけを使って教えるところもあります。アメリカ手話を使う時は、口形がタイ語じゃなくなるので。英語の口形になっているんです。でも意味は理解できます。なので、完全にアメリカ手話を排除するかというと、そういうわけではないですが、タイの手話はやはり使ってほしいというふうには思います。
 
研究員①:タイの手話は、地域によって異なりますか?
 
カォクン:異なります。
 
研究員①:違う地域の手話の方と出会ったとき、どうやってお話しされるのですか?
 
カォクン:質問します。「その表現の意味は何ですか?」と聞きます。当然説明もそこには必要になりますし、例えば北部中部なんかでも手話は違います。団体によっての考え方も違います。なので、すり合わせながらコミュニケーションを取っています。
 
研究員①:タイ全土での手話の標準化を進める必要性は感じていますか?
 
カォクン:タイは地域の手話を尊重しています。厳しく統一することはありません。
 
研究員①:例えばタイ全土のろう者が集まって会議する時はどうされるのですか?
 
カォクン:見ればなんとなくは分かります。話者も、参加者が疑問の表情を浮かべていたら、補足説明するなどします。
 
研究員①:なるほど。通訳はどうですか? 例えば他の地域のろう者を見たときに通訳ができないということはないのでしょうか?
 
カォクン:割とそういった会議、総会みたいなときには、必ずそのコミュニティの手話に慣れている人を入れるようにはしています。あの通訳だったら分かる、この通訳だったら分かるというふうに一応組み合わせを考えています。
 
研究員②:タイの手話のテキストは、標準のタイの手話を載せるのですか? 他の地域の手話を載せたりはするのですか?
 
カォクン:手話のうまいろう者のグループが決めます。それぞれの地域の手話を見てどれを掲載するかというのを決めます。
 
研究員①:地域によって手話が大きく異なる場合はどうなるのですか? それぞれの表現を入れるのでしょうか? 
 
カォクン:状況によります。使う割合が多いというところでも決めます。同じ手話が使われていたら、迷うことなくそれを載せます。
 
研究員②:研究する時に地域の差異というのはすごく大事だと思うんです。そういった地域の手話の保存というのは必要です。例えば地域の方や高齢の方が使う手話としては存在するのに、それがきちんと本で保存されていないというのは問題です。ぜひそういったところで私も協力ができればと思います。
 
カォクン:日本とそういう意味では環境は似ているかもしれません。日本も地域によって手話が違います。それは当然だと思います。
 
研究員①:日本は、標準手話と地域の手話がありますが、それについてはいかがでしょうか?
 
カォクン:地域の方が自分たちで手話を作るのはいいと思います。タイでは、ろうあ協会の立場で手話を選んでいくというところで、他の手話と見比べたときにその手話よりこっちの方が分かりやすいんじゃないかみたいなところで決めることもあります。
 
研究員①:それを決めるのはどなたでしょうか?
 
カォクン:以前は手話がうまい人たちが作ったグループが決めていました。
 
研究員①:それはどういった団体ですか?
 
カォクン:2017年かな、その辺りにそのグループが作られました。
 
研究員①:ろうの当事者団体でしょうか?
 
カォクン:各地域から2人ずつ集まって色々手話の分析する知識を持った人が集まっている団体ではあります。
 
研究員①:そのいわゆる手話を決める団体というのはどういう人たちが入っているのですか?
 
カォクン:手話通訳の発展についてどういった取り組みをすればいいかというのを考えるグループがあります。ろうあ協会の中にそういったグループがあります。以前からあるというより、その都度結成されるみたいなところがあります。今日資料を持ってきました。こちらの辞典です。
全日本ろうあ連盟からの援助を受けて作られた冊子も実はこれには含まれています。古い本も中にはあります。
 
研究員②:(辞典を読んで)他の地域の手話は含まれていませんね。
 
研究員①:第6巻まであります。
 
研究員②:私、まだまだタイの方の研究フィールドはまだまだこれからなのでぜひもっと見たいです。
 
研究員①:きこえる人はこの本を見て手話の勉強をするのですか?
 
カォクン:そうです。
 
研究員①:わかりました。次に通訳者養成の制度についてお聞きしたいです。
 
カォクン:以前の方法は募集をして登録をしてリストを作って…というところだったのですが、さっきも言ったように、3~4年前から聞こえる通訳に対しては試験が必要ということで、1年に1回試験を実施しています。
 
研究員①:実際に通訳を派遣する時のコーディネートはどなたがされているのでしょうか?
カォクン:通訳サービスを行うところがあります。例えばろうあ協会など、サービスを行えるところとして認可されているところが、通訳の派遣を行っています。
 
研究員①:通訳が必要になった場合は、そういったところに通訳派遣を依頼するのですか? 
 
カォクン:自分で通訳を選ぶことはできないので、どういった目的で通訳を使うのかということを伝えて、通訳のコーディネートを行ってもらいます。例えば女性が病院に行くときなんかには、やはり女性の通訳を派遣します。ろう通訳を呼ぶときというのは、状況によります。例えば国際手話ができるろう通訳が必要な場合は、そういったところに派遣することもあります。または音声の英語から手話に通訳するときに英語を通訳者が理解できない場合は音声言語の通訳の配置も行います。
 
研究員①:なるほど。タイではろう通訳がありますよね。ろう通訳が始まったきっかけは何なのでしょうか?
 
カォクン:手話通訳を募集した時に、ろう者でも通訳できますよということで普通に応募があったんです。国も実はそこは思っていなくて、ろうだろうが聴だろうが手話ができる人であればOKというふうに募集をかけたんです。筆談でもコミュニケーションはできますし。
 
研究員②:そこは日本と考え方が違いますね。例えば筆談で書かれたものを手話に訳することもあるんですよね? 
 
カォクン:手話で表されたものをパソコンで文字化したり、例えばろう者とろう通訳が病院に一緒に行く時なんかに、医者が筆談で書いたものをろう通訳が読んで手話でろう者に伝えることがあります。
また、ろう者が集まる会議の場で議事録やレポートを作るときに、当然手話での会議なので、通訳は手話を見てそれを議事録にまとめる、文字化をするという仕事もあります。実際タイの場合、文章が書けないろう者というのはたくさんいるんです。
 
研究員①:その給与というのは国の方からその派遣センターに払われ、派遣センターから本人に支払われる形でしょうか?
 
カォクン:そうです。ろうあ協会の立場としては通訳サービスをだいたい1年の予算、派遣回数であったり、どういった分野に派遣するかといったところで国に、まずそこの予算の請求をします。その予算から、通訳に対して謝金をお支払いします。謝金と交通費、この二つを通訳者にお支払いしています。
 
研究員①:そうなんですね。通訳サービスは、ろう協会の中に位置づけられているのですか?
 
カォクン:ろう協会だけではなく、国の方でも地域が担当する通訳サービスもあります。通訳を使いたいですっていうことがあればどんどん手配が進んでいく形です。
 
研究員①:わかりました。次の質問ですが、タイの方で手話言語法は制定されていますか?
 
カォクン:まだです。
 
研究員①:制定に向けた取り組みは、何かされているのでしょうか?
 
カォクン:いいえ、まだ明確な進展はないです。ただ理事長は制定したいという願望は持っていると思います。タイの障害者法に手話通訳サービスが必要だということは明記されているのですが、手話は言語だというところまでは明記はされていないんです。なので、色々な通訳の派遣はもちろん認められていますが、そこまでの法律が必要かどうかというところはあります。
 
研究員①:法律がなければ、例えばテレビを見た時に手話通訳がつかないことが起こり、ろう者が困るのではないでしょうか。
 
カォクン:タイの場合、1日のテレビ番組のプログラムの中で、確か1時間…時間は調べる必要がありますが、絶対に手話通訳をつけなければならないといったテレビ局の責務が定められています。また、字幕をつける時間など、そういったところが決められています。障害者本人の責任ではなく、そこはテレビ局の責任としてきちんと対応するように求められています。
 
研究員①:韓国の場合、手話言語法が制定されてからテレビ番組への手話通訳の付与が増えたと聞いているのですが、そういった取り組みはどうでしょうか?
 
カォクン:タイではまだまだです。少しずつ増えていくかなと思います。
 
研究員①:わかりました。地方自治体レベルでの手話言語条例は制定されていますか?
 
カォクン:国の方で法律を定めて、自治体はそれに従うことが多いので、条例を定めるということは基本的にはありません。法律で存在しないのに地域の条例で作られるということは基本的にはタイではありません。
 
研究員①:わかりました。次に、タイに電話リレーサービスはあるのですよね。
 
カォクン:10年前ぐらいからあります。
 
研究員①:始まったきっかけは何でしょうか?
 
カォクン:タイの場合、通信関係の省庁が、テレビと電話の事業を考えたときに、平等にアクセスできることが大事だというふうに考え、予算を作りました。そこから拠出して電話リレーサービスを開始しました。スウェーデンの例を参考にして、電話リレーサービスの仕組みというのが作られました。
少しずつそのサービスが進んでいき、VRI(遠隔手話通訳)も始まりました。
VRSというのはビデオリレーサービスです。VRIは、例えば聞こえる人と私がその場で直接コミュニケーションをしようと思ったときに、タブレットなどを用意して、ビデオ通訳を映すということになります。日本ではVRIがまだそこまで広がっていません。例えば区役所に行った時にコミュニケーションが取れないことがありますが、そんな時にVRIがあったらいいなと思うことがあります。日本の場合、番号が必要だったりするので、使いにくいかなとは思います。
 
研究員②:日本もこれからタイのやり方を参考にしないといけない部分があるかなと思います。
 
研究員①:そうですね。日本の場合、VRSとVRIのそれぞれの提供機関が違うのですが、タイの場合はどうでしょうか?
 
カォクン:タイでは1つの提供機関がまとめて行なっています。ただ、通訳派遣はまた別の機関になります。単価も違いますし、電話リレーの場合は、ビデオリレーサービス、そういったところにもきちんと登録をした上で通訳に臨めるという形になります。これが使えるのは実はろう、難聴者だけではなく発話に困難のある人でも使うことができます。
 
研究員①:日本と同じですね。
 
研究員②:本当ですか?日本も使えるんですか?
 
研究員①:電話リレーサービスは発話に困難のある方も使うことができるはずです。総務省の説明資料には、そういった方も含めるとあったと思います。
 
カォクン:タイの場合、10年前に事業を実施するセンターが設立されました。
 
研究員①:ということは、2011年あたりですか?
 
カォクン:そうですね、2011年です。
 
研究員①:わかりました。続いての質問ですが、タイのテレビに手話通訳が付く割合はどの程度でしょうか? 
 
カォクン:ニュースには付いています。割合については、法律を調べる必要があります。
 
研究員①:実際にろう者がキャスターとして登場するような番組はあるのでしょうか。
 
カォクン:以前はありました。例えば、ろう者に関することを伝えたり、ろう者と聴者が一緒に旅行に行ったりする番組はありました。
 
研究員①:今はなくなったのでしょうか?
 
カォクン:今もあります。
 
研究員①:1日1回ですか? 1週間に1回ですか? 
 
カォクン:それはテレビ局のプログラムによります。1週間に30分とか1時間というような感じだったと思います。調べる必要があります。テレビ局によってばらつきがあります。
 
研究員①:わかりました。次に就労についてお聞きします。文字の読み書きができないために就労できないケースが多いと以前にお伺いしましたが、今どういった取り組みをされていますか?
 
カォクン:インターネットの普及によって、働き方は増えてきます。日本にも「Uber」がありますよね。タイでも実は増えてきているんです。厳密に言えばUberではなく、別の名前で「Grab」というのですけど、車やオートバイを使って宅配をするサービスです。食べ物や資料などを運んでくれます。ある意味、郵便局みたいなところですよね。
 
研究員①:ろう者は連絡を受けて、そこに書かれている指示通りに動いて、物を運んで提供するのですね。
 
カォクン:ただ他の人と仕事の取り合いになるので大変ではあるのですけれども。
 
研究員①:インターネットによってろう者の就労は改善されたのですね。
 
カォクン:今はコロナウイルスで仕事が減っているので、経済的に苦しい状況にある人はいます。インターネット以外の仕事は、やはり今も就労が厳しい状況ではあります。ただ、その障害者を求めている場所というのもあるんです。企業の方から「ろう者を求めています」「難聴者を求めています」といった連絡を時々いただきます。
 
研究員①:なるほど。医師や弁護士など、国家資格が必要とされる仕事をしているろう者はいますか? 国家資格に受かって、そういった仕事をされている、ろうの医者みたいな方はいらっしゃいますか?
 
カォクン:タイでは医者も弁護士もいないです。医者の条項の中に「耳が聞こえること」というのが明記されているんです。聴力検査もあります。
 
研究員①:日本も以前、そういったもののがあったのですが、運動の成果でそういった欠格条項をなくすということに成功していますが、タイではいかがでしょうか?
 
カォクン:タイの場合、ろう者がなかなかそういった運動をしようというところがないです。社会的にまだまだそういった、「ろう者で本当に大丈夫なのか」といった見方をする人は、残念ながら多いと思います。日本の場合、読み書きが得意なろう者もいますが、タイの場合は、苦手な人が多いので、「大丈夫か」と思われているところはあります。
 
研究員①:それは、結局は教育の問題ということになるのでしょうか。
 
カォクン:そうです。私は手話とタイ語のバイリンガル教育が必要だと考えているのですが、ここ20年、そういった教育のこともなかなか変わっていないのが現状ではあります。上が考え方を変えないと、なかなか改善されないと思います。ろう学校でも聞こえる人の方が優位になっているので、難しいです。
 
研究員②:ろうの先生はいらっしゃらないのですか?
 
カォクン:います。
 
研究員②:聞こえない先生が上に立つということは少ないのですか?
 
カォクン:少ないです。
生活がどうなるかをまず考えるようです。ろうの先生は、ろうの子どもたちと関わることは好きなのですが、上に行って色んな資料を作るような苦労をするのが嫌なろう者もたくさんいるとは思います。
 
研究員①:なるほど。次の質問ですが、タイにろう学校は全部でいくつあるのでしょうか?
 
カォクン:公立が21で私立が1です。
 
研究員①:その私立というのは、聞こえない人が設立したのでしょうか?
 
カォクン:聞こえる人が設立しました。キリスト教関係だと思います。手話で教えています。
 
研究員①:公立のろう学校の指導方法はどういったものでしょうか?
 
カォクン:手話と口話、まちまちです。校長の考え方によります。
 
研究員②:バイリンガル教育をしているところはありますか?
 
カォクン:そういったところをしているところもあります。海外の教育方法の考え方で教育をしているところはあったのですが、そこはなかなかうまくいきませんでした。ろうあ協会はバイリンガル教育が必要だと考えていますが、口話が大事であったり、手話が大事というのは校長の考え方によります。ろうあ協会の方はろう学校で、きちんと手話言語を指導する時間を設けてほしいと思っているのですが。そういった意味では、現状は手話と音声の違いが分からないまま子どもたちが育ってしまうと思います。
 
研究員①:手話言語法が制定されたら、ろう学校の中に手話教育が盛り込まれていくのではないでしょうか?
 
カォクン:そういった法律の制定がスムーズにいくかどうかというところです。誰が力を持って推進していくのか、というところが難しい問題だと思います。ろう者の中でも、手話言語法の必要性というのがまだ分からない人たちが多いと思います。今のままの方が楽だから、という気持ちを持っている人もいると思います。今のろうあ協会の会長も手話言語法を制定させたいと思っているので、一般の人たちに少しずつ理解を深めさせていく必要があるのかなと思っています。
 
研究員①:わかりました。大学や高等教育機関等で手話の研究というのは行われていますか?
 
カォクン:ひとつだけあります。そこには実は通訳者養成の課程があるところです。
 
研究員②:ラチャスダカレッジのことでしょうか?
 
カォクン:そうです。ナコンパトムにあります。
タイの中で手話研究は、割と進んでいるところではあります。そこだけです。今も存続しています。ろうの先生もいます。手話教育や手話の研究等をしています。
 
研究員①:今後そういった機関を増やしたいという希望はありますか?
 
カォクン:増やすのは難しいですね。
 
研究員②:最後に、今後カォクンさんが取り組みたいことというのは何でしょうか?
 
カォクン:来年から研究に集中することになるのですが、テーマは手話言語法を考えています。制定に成功した国の手法や考え方であったり、権利とどう結びつけるかというところを研究したいと思っています。国の考え方を大きく考えていかないといけないということもあります。
 
研究員①:カォクンさん自身が個人としてやりたいことはありますか?日本に来られた目的というのはどういったものでしょうか?
 
カォクン:私はもう卒業することが第一の目的です。
 
研究員①:大学院を修了された後はどうされる予定ですか?
 
カォクン:もし機会があれば、日本でもっと経験を積みたいと思っています。タイでは経験が少ない人の給料は安いので。日本語ももっと勉強したいと思っています。
 
研究員②:日本手話ができる外国人は多いですが、カォクンさんのような経験をしている人はすごく少ないと思うので、今後カォクンさんのことを必要とする人が増えると思います。引き続き勉強を頑張ってほしいと思います。
 
カォクン:実は友達と相談していることがあって。財団を設立したいという、ろうあ協会とは別の団体を作りたいと相談しています。ろう者や難聴者がもっとタイ語の習得ができるような場にしたいです。
ボランティアに近いところになると思うのですが、時間があればやりたい活動だと思っています。
 
研究員①:分かりました。これでインタビューは終了です。ありがとうございました。