(15)カナダ&ペルー
2023年9月30日、全国手話研修センターにて、カナダのヒューゴさん、ペルーのはるみさんにインタビューした内容をご紹介します。
※本インタビューは、話者の主観で語られている部分があり、実情と異なる場合があります。予めご了承ください。
※本インタビューは、話者の主観で語られている部分があり、実情と異なる場合があります。予めご了承ください。
ヒューゴさんへのインタビュー
研究員:カナダのろう学校やろう教育の様子を教えてください。
ヒューゴ:私は生まれつきろうで、3歳までは手話を使っていませんでした。
そのあと手話のできるきこえる先生に教えてもらい、3〜5歳の間は幼稚部で手話を使いながら教育を受けました。それから高等部までろう学校に通いました。
親とは口話や身振り、手話などを使って会話していました。
卒業後は地域の専門学校で、きこえる人たちと一緒に経営を学びました。その中にフランス語の講座がありましたが、それは、きこえる人たちと同等に学ぶことがどうしても難しかったです。
卒業した後は大学に行き、同じく経営の勉強をしました。肌に合わず2年で中退しました。
それからアイスホッケーに専念し、フィンランドでプレーしていました。
研究員:きこえる人たちと一緒に?
ヒューゴ:はい。
半年ほどしてから戻り、父の紹介でフォークリフトの仕事に就きました。12年間続けました。
半年ほどしてから戻り、父の紹介でフォークリフトの仕事に就きました。12年間続けました。
研究員:専門学校や大学で学んだときは、通訳が付いていましたか?
ヒューゴ:はい。付いていました。ずっと。
研究員:全ての講義に?
ヒューゴ:全てです。
研究員:費用は大学側が出したのですか?
ヒューゴ:国が出してくれました。私が負担することはありませんでした。
研究員:わかりました。カナダには福祉制度はありますか?日本でいう障害割引のような。
ヒューゴ:給与から引かれる税金を減額する優遇制度があります。きこえる人には優遇がないので、結構な差があります。障害者には優遇があります。
電車の乗車賃にも5割の割引がありますが、中高生や学生に適用されます。社会人には適用されません。
電車の乗車賃にも5割の割引がありますが、中高生や学生に適用されます。社会人には適用されません。
研究員:日本と比べると…
ヒューゴ:日本の方がいいです。
研究員:わかりました。手話通訳の養成制度はありますか?
ヒューゴ:あります。ケベック手話の講座が初級から上級まで5段階あります。それを修了したら、通訳活動と講師活動の両方ができるようになります。
研究員:講座はどこで開かれるのですか?
ヒューゴ:大学や専門学校、それから個人で実施するところもあります。
研究員:試験はありますか?
ヒューゴ:あります。
研究員:講座で学ぶ際の費用は、受講者が自分で負担しますか?
ヒューゴ:はい、自己負担です。
研究員:通訳の謝礼は1時間おいくらですか?
ヒューゴ:15,000円です。
研究員:そうなんですね。日本では、講座は県や市が負担します。違いがありますね。
はるみさんへのインタビュー
研究員:ペルーのろう学校やろう教育の様子をお伺いしたいです。はるみさんがどのような経験をされてきたのかも含めて、お話しいただけますか?
はるみ:私は田舎で育ち、家族は裕福ではありませんでした。学校は遠いところにあり、歩いて1時間半ほどかかるところにありました。
バスはありますが、それを使って通学するお金がありませんでした。歩いて通学しました。
小さいときは口話教育が厳しかったです。いくつかクラスがありましたが、それぞれ色々な年齢の子がいました。レベルによって振り分けられていました。年齢によって分けるのではなく。
私のクラスに3歳ほど上の人がいたのを覚えています。男女関係なく同じクラスでした。
5歳の時に入学しました。遅い方です。口話だけで楽しくなかったです。手は使わないように指示され、使うと棒で叩かれました。
先生がひどかったのを今も覚えています。親にも言えないくらいひどかったです。
小さい時に友達に誘われて遊んでいたら、先生がやって来て棒で叩かれました。
小さい時のことなので、悪いことをやった気持ちはなく、「なんでだろう」と思いました。
それから貧乏だったので、髪にゴミがついていることがあり、先生がみんなを注目させて「ゴミがついているぞ」と言い、ショックを受けたこともありました。
研究員:虐待ですね。
はるみ:苦しかったです。
研究員:そのとき、親は、それでもやむを得ず通学させていたのですか?
はるみ:親には言っていません。黙っていました。
大人になってから打ち明けると「なんで言ってくれなかったの」と言われました。今思うと先生が怖かったんでしょうね。
研究員:それが小学部、中学部も続いたのですか?
はるみ:それが、その学校が潰れたんです。他のところに行くことになりました。
幼稚部では口話法で教育を受けました。特別な機械を使って訓練しました。
研究員:それで聴覚を活用できるようになったのですか?
はるみ:いえ。自分のところにも機械をつける必要があるのですが、貧乏だったので、買えませんでした。他の生徒は機械を使っていました。
それから母と相談し、小学校からは地域の学校に通うことを決めました。そのときは何も知らなかったので、地域の学校に行くのが当たり前だと思っていました。
40人の同級生がいる学校に通いました。特別扱いはされず、他の子どもと同じように教育を受けました。背の順で席が決まっていたので、背が高い私は後ろの方でした。
先生は、板書は少なめで、声で話すことが多かったです。
1年生の時は板書が多かったのですが、学年が上がるにつれて少なくなっていきました。
私が覚えているのは、4年生の時に、友達からノートを借りて書き写していたことです。休憩時間に友達が遊びに出ている間に写しました。
今思えば、自分から先生に「わかりません」と言えば良かったなと。
国語などは苦手でした。一番得意だったのは算数です。それから美術や体育も得意でした。でも体育はコマ数が少なかったです。日本にはプールの授業がありますが、ペルーにはありませんでした。給食もありませんでした。
研究員:お弁当を作るのですね。
はるみ:いえ、お弁当もありません。8時から13時まで学校で、終わってから家に帰り、ご飯を食べました。
でも軽い食べ物は持っていくことはありました。
でも軽い食べ物は持っていくことはありました。
小学6年生になったときに、いろいろ理解できるようになり、転校することを母と相談しました。
友達は「中学校になってもみんな一緒だから楽しみだね」と言っていましたが。
姉が2人いて、私は3番目なのですが、姉2人が通っていた学校の様子を聞くと、ハードで、私には難しいと思っていました。
母に頼んでろう学校に変わりたいと言いました。母が探してくれて、1年前に始まったばかりのろう学校があることを知りました。見学と面談をしに行ったのですが、校長がアメリカ人の先生でした。キリスト教の方です。
ろうの生徒が私のところに集まってきて、その時のコミュニケーションが楽しかったんです。
その学校にどうしても行きたくなりました。私立の学校でした。
入学した時はまだ手話を習得していませんでした。友達の手話を見て覚えました。
その学校は口話が多めで手話は少なめでしたが、楽しかったんです。
制服のない学校でした。アメリカ系の学校だからだと思います。ペルーの中学校、高校には制服があります。
おしゃれしたりと自由な雰囲気があったのが思い出されます。
日本は中学校と高校が分かれていますが、ペルーではまとめられています。5年間です。
その学校は、私が卒業してから次の次の代で潰れてしまいました。
研究員:そのとき学費はどうされていたのですか?
はるみ:寄付でまかなわれていました。ただ、校長とPTAや先生たちがもめて、悪い噂も流れていました。
アメリカ人の校長は逃げ出して、新しいペルー人の校長が就任したのですが、経営不振により潰れてしまったのです。
通っていた学校が全部潰れてしまったので、思い出に浸ることができません。写真が残っているくらいです。
研究員:いま、ペルーには私立のろう学校はあるのですか?
はるみ:ありません。公立だけです。以前と比べて増えました。以前は、リマには小学校のろう学校はありましたが、中学校や高校はありませんでした。今は徐々に増えています。
研究員:はるみさんが学校に通っていた時は、口話法で教育していたのですか?
はるみ:中高は手話でした。小学校は地域の学校だったので。
前は口話でしたが、今は手話を取り入れる学校も増えてきたと思います。
前は口話でしたが、今は手話を取り入れる学校も増えてきたと思います。
研究員:そうなんですね。ペルーの福祉制度はどうですか?
はるみ:以前はありませんでした。補聴器の助成もありませんでした。年金や割引もありませんでした。仕事に就ける人も少なく、断られてばかりでした。
現在は、年金はありませんが、電車やバスは無料になり、補聴器も助成が出るようになりました。
仕事に就ける人も増えました。中高卒の人は雇用されますが、小学校卒の人は断られます。
研究員:わかりました。ペルーには手話通訳者はいるのですか?はるみさんがペルーにいた頃に。
はるみ:いませんでした。全く。日本に移ってから友人に聞くと、増えてきたと。
研究員:養成制度はどうなっているのですか?
はるみ:手話サークルがあります。
研究員:ペルーにもあるんですね。
はるみ:私も行ったことがあります。夜だけです。ろう者が多く、きこえる人は少なかったです。
ろう者にとって楽しい場だったようです。仕事がなく暇なので。以前はスマホもFAXもなかったので、集まって情報交換する場が必要でした。
研究員:そういう場にきこえる人が参加して、手話を学ぶのですね。なるほど。
今は通訳制度はどんな様子になっているのですか?
はるみ:(他の国に比べると)遅れていると思います。
研究員②:ペルーには、ろう学校がいくつあるのですか?
はるみ:リマだけで10校くらいだと思います。ペルー全土の数は分かりません。
研究員②:リマだけで10校というのは、多いですね。
はるみ:リマ以外は田舎なので学校がないところもあり、子どもたちはリマに集まります。
研究員②:(集まった生徒は)寄宿舎で共同生活をするのですか?
はるみ:アパートを借ります。
研究員②:学校には寝泊まりできるところはないのですか?
はるみ:ありません。アパートで一人暮らしです。土日は私の家に遊びに来ることもありました。中高生はアパートを借りる人が多かったのですが、小学校の場合、地方にいたままで学校に通わない人が多かったと思います。
研究員②:そうなんですね。分かりました。ペルーでろう者が就くことが多い仕事は何ですか?
はるみ:銀行員になる人が多いです。
研究員②:給与が良いからですか?
はるみ:前に比べて良くなってきています。前にパートで働いたことがあるのですが、その時は月に1万5千円から2万円しかなかったと思います。今友達から聞くと7〜8万円ほどになっているそうです。ペルーは物価が安いので。
きこえる人もろう者も同じ額をもらっています。
研究員②:銀行員だけですか?他には?
はるみ:チョコレートを作っている会社で働く人もいます。「モッタ」という名前だったような。コロンビアにある企業の支社です。友達はそこで働いています。でもろう者は1人だけです。他は断られる人が多いという話を聞きます。
銀行も、多いといっても4〜5人ほどです。
職にありつけず、家でじっとしている人が多いです。学歴が小学校までの人は断られます。
研究員②:そのような人たちは、どうやって生活するのですか?
はるみ:細かいことは知らないのですが、周りからの支援もなく苦しんでいると思います。物乞いをしている人が多いと思います。
研究員②:そうなんですね…。わかりました。ペルーには、手話通訳者になるための試験はあるのですか?
はるみ:詳しくはわからないのですが、あると思います。
研究員②:ろう者が上手いと思った人を通訳者にする、というような方法も想像できますか?
はるみ:試験はあると思います。
研究員②:そうなんですね。質問は以上です。今日はありがとうございました。